| 洞爺(とうや) |
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| 所在地 |
北海道虻田郡洞爺湖町旭町19-1 |
| 駅番号 |
○H41
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| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 |
■室蘭本線 |
| キロ程 |
41.5km(長万部起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面3線 |
| 乗車人員 |
582人/日(2018年) |
| 開業年月日 |
1928年(昭和3年)9月10日 |
| 駅種別 |
直営駅(管理駅) みどりの窓口
話せる券売機設置駅 |
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| 洞爺駅 |
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| 駅名標 |
ホームと跨線橋 |
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| 出札窓口 |
キハ261系気動車 特急「北斗」 |
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| 2面3線ホーム |
待合所 |
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洞爺駅(とうやえき)は、北海道虻田郡洞爺湖町旭町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。
駅番号はH41。事務管理コードは▲130304。
洞爺湖町の代表駅で国道37号沿いにある。「洞爺」の名はアイヌ語の「トー」(湖)と「ヤ」(岸)に由来する。
旧駅名(虻田駅)の「虻田」は当駅の所在している地名より。地名はアイヌ語の「アブタ、ペッ」(魚鉤を作った川)に由来すると言われているが、別説もある。
利用可能な優等列車
函館駅 - 札幌駅間運転の特急「北斗」(2号を除く)が停車する。
歴史
- 1928年(昭和3年)9月10日:国有鉄道長輪線の静狩駅 - 伊達紋別駅間開通に伴い、虻田駅(あぶたえき)として開業。一般駅。
- 1929年(昭和4年)1月23日:洞爺湖近くの湖畔駅まで洞爺湖電気鉄道線が開通。
- 1931年(昭和6年)4月1日:長輪線を室蘭本線に編入、それに伴い同線の駅となる。
- 1941年(昭和16年)5月29日:洞爺湖電気鉄道線が廃止。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)が継承。
- 1954年(昭和29年)8月9日:昭和天皇、香淳皇后が洞爺湖に行幸啓。大沼駅発 - 虻田駅着のお召し列車が運転。
- 1962年(昭和37年)11月1日:洞爺駅(とうやえき)と改称。
- 1970年(昭和45年)6月30日:室蘭本線の豊浦駅 - 当駅間が複線化。
- 1980年(昭和55年)5月15日:貨物取扱い廃止。
- 1985年(昭和60年)3月14日:荷物取扱い廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)が継承。
- 2006年(平成18年)2月:駅舎改築し、地域交流センター併設。
- 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施。
- 2014年(平成26年)8月30日:特急「北斗」・「スーパー北斗」全列車が停車するようになる。
- 2016年(平成28年)3月26日:特急「スーパー北斗」2号が再び通過するようになる。
- 2021年(令和3年)8月7日:エレベーターの使用を開始。
駅構造
単式ホーム・島式ホーム複合型の2面3線を有する地上駅。互いのホームは東室蘭方面の跨線橋で連絡している。
2021年(令和3年)8月7日より、跨線橋内にて、エレベーターの使用が開始された。ほかに1番線側(駅舎側)に長万部方面から分岐した側線を1本(1983年(昭和58年)時点では2本)、3番線の外側にも長万部方面から分岐した側線を1本(1983年(昭和58年)時点では2本)有していた。
のりばは駅舎側から1、2、3番線で、2番線は当駅折り返し列車や貨物列車の待避などに使われる。
大阪行きの臨時寝台特急「トワイライトエクスプレス」運行当時は、自列車由来の大幅な遅延が無い限り2番のりばに停車して客扱いを行い、函館行きの特急「北斗12号」を待避していた。
駅舎は線路の西側(東室蘭方面に向かって右側)に位置し、単式ホームに接している。
直営駅でみどりの窓口、話せる券売機を設置している。ジェイアール北海道レンタリース洞爺営業所(駅レンタカー)がある。
また、洞爺駅交流センターが併設されているほか、自由通路(町道洞爺駅跨線橋通線)で洞爺湖町役場と直結している。
管理駅でもあり、当駅と隣の豊浦駅を管理下においている。
第34回主要国首脳会議(北海道洞爺湖サミット)開催に伴ってLCD発車標・駅自動放送を導入した。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■室蘭本線 |
上り |
長万部・函館方面 |
| 2・3 |
下り |
室蘭・苫小牧方面 |
洞爺湖電気鉄道
| 虻田駅 |
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| 所在地 |
北海道虻田郡虻田町旭町 |
| 所属事業者 |
洞爺湖電気鉄道 |
| 所属路線 |
洞爺湖電気鉄道線線 |
| キロ程 |
0.0 km(虻田起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| 開業年月日 |
1929年(昭和4年)1月23日 |
| 廃止年月日 |
1941年(昭和16年)5月29日 |
洞爺湖電気鉄道(とうやこでんきてつどう)は、かつて北海道虻田町(現・洞爺湖町)の町内を通っていた鉄道路線、およびその運営会社である。
1928年(昭和3年)、鉄道省長輪線(現JR北海道・室蘭本線)の静狩 - 伊達紋別間が開通し、虻田町の町域南部に虻田駅(現・洞爺駅)が開設されることが決定したのを受け、長輪線と町域中央部の洞爺湖南岸にある洞爺湖温泉を結ぶ目的で計画された路線である。
社名が示すように、動力は電気を用いた。沿線にスキー場・ゴルフ場・競技場を開設するなど、洞爺湖温泉地域の観光開発も手がけたほか、洞爺湖西岸と東岸から産出される鉱産資源を船舶で湖上輸送し、鉄道と連絡させる貨物輸送も行っていた。
路線は見晴山と有珠山の間を通っていたため線形が悪く、急勾配・急曲線を多く有していた。
改正鉄道敷設法別表第132号に規定する予定線「胆振國京極ヨリ留壽都ヲ經テ壯瞥ニ至ル鐡道」に従う形で路線を北へ延長し、喜茂別で胆振鉄道と接続する計画もあったが、胆振縦貫鉄道が喜茂別 - 伊達紋別間を着工したため中止された。また胆振縦貫鉄道が洞爺湖電気鉄道に並行する形で伊達紋別 - 徳舜瞥間(のちの胆振線)を開通させたことに加え、急勾配・急曲線が多いため軌条の摩耗がひどく、戦時下の資材価格の高騰により軌条や枕木の入手が困難になったこともあり、1941年(昭和16年)に廃止された。
会社はその後も路線を自社バスに代替して営業を続けたが、1944年(昭和19年)に道南バスに統合された。
廃線跡はかなりの部分が道路として残されていたが、2000年の有珠山噴火に伴い廃線跡近辺に西山火口が現れた事から周辺は通行不能を経て実質的に消滅し、洞爺湖付近も防護壁などの建設に伴って区画整理が行われた事から痕跡は失われた。
路線データ
- 路線距離(営業キロ):8.8 km(うち貨物線1.6 km)
- 軌間:1,067 mm
- 駅数:4駅(うち貨物駅1駅)
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:全線電化(直流600 V)
- 洞爺湖変電所、回転変流機(交流側444 V・直流側600 V)直流側の出力150 kW、常用1予備1、製造者日立製作所
- 閉塞方式:タブレット閉塞式
- 根拠法:地方鉄道法
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