| 栗山(くりやま) |
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| 所在地 |
北海道夕張郡栗山町錦4丁目 |
| 所属事業者 |
北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 |
室蘭本線 |
| キロ程 |
191.5km(長万部起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| ホーム |
2面2線 |
| 乗車人員 |
350人/日(2015年) |
| 開業年月日 |
1893年(明治26年)7月1日 |
| 駅種別 |
簡易委託駅 |
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| 栗山駅 |
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む |
| 駅名標 |
ホームと跨線橋 |
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| 待合所 |
キハ143形気動車 |
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| 出札窓口 |
交流施設「くりやまカルチャープラザEki」 |
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栗山駅(くりやまえき)は、北海道夕張郡栗山町錦4丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線の駅である。電報略号はクリ。事務管理コードは▲130334。
かつては当駅で交わる夕張鉄道線との乗り換え駅であり、急行「夕張」の停車駅であった。
現在も駅前にバスターミナルがあり、交通の要衝となっている。
由仁駅から当駅まで複線だが当駅から岩見沢駅まで単線となっている。
1892年(明治25年)8月1日に岩見沢駅 - 室蘭駅間が北海道炭礦鉄道の手で開通した当初、当地に駅は設置されなかったが、住民の運動により当地に駅が設置されることとなった。
設置予定位置については雨煙別(現:栗山市街)、もともとの市街であった角田市街、長沼との要望や技術上の都合もあり幾度か変遷したが、雨煙別の土地が杉武一郎という人物により寄付されたことにより、現在地に決定され、その後当地が栗山市街として発展することとなった。
歴史
- 1893年(明治26年)7月1日:北海道炭礦鉄道の駅として開業。一般駅。
- 1901年(明治34年)
- 1906年(明治39年)10月1日:北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により、官設鉄道に移管。
- 1926年(大正15年)10月14日:夕張鉄道が当駅から新夕張(後の夕張本町)を開業し接続駅となる。
- 1930年(昭和5年)11月3日:夕張鉄道野幌駅 - 当駅間開業。
- 1934年(昭和9年)12月19日:駅舎を改築し同日落成。
- 1936年(昭和11年):北海道コンクリート製品工業(後に北海道ヒューム管を経て日本高圧コンクリート)栗山工場操業開始、専用線使用開始。
- 1937年(昭和12年):日本電気冶金(後の日本電工)栗山工場操業開始、専用線使用開始。
- 1952年(昭和27年)4月:夕張鉄道が旅客用気動車導入。
- 1968年(昭和43年)
- 時期不詳:複線化工事に合わせ夕張鉄道立体交差部改築。
- 10月1日:新栗山トンネル完成、新線切り替え。由仁-当駅間複線化。
- 1969年(昭和44年)
- 7月15日:コンテナ基地設置。
- 10月1日:当駅-栗丘間複線化。
- 1973年(昭和48年)9月23日:駅裏連絡のための跨線人道橋(自由通路)設置。
- 1974年(昭和49年)4月1日:夕張鉄道線が野幌 - 当駅で旅客営業を休止する。また同日に同線が北海道炭礦汽船に譲渡される。
- 1975年(昭和50年)4月1日:夕張鉄道線野幌 - 鹿ノ谷間が正式に廃止となり、接続駅としての役目を終える。
- 1982年(昭和57年)11月15日:コンテナ取扱い廃止。
- 1984年(昭和59年)
- 2月1日:貨物・荷物取扱い廃止。
- 4月1日:簡易委託駅となる。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
- 2000年(平成12年)12月:くりやまカルチャープラザEkiと合築の新駅舎が竣工。
駅名の由来
もともと当地は現在の雨煙別川のアイヌ語名である「ウェンペッ(wen-pet)」(悪い・川)から「雨煙別」と称されていたが、「付近に栗の木が多く自生していたので」として、栗山駅と命名され、その後雨煙別の地名も栗山となり、自治体名も1949年(昭和24年)に角田から栗山へ変更された。
駅構造
相対式ホーム2面2線をもつ地上駅。1983年時点では上下線の間に中線があり、下りホームは島式2線ホームで、その他に側線や専用線がひかれていた。
駅舎は2000年(平成12年)に建て替えられ、町の交流施設「くりやまカルチャープラザEki」と合築した複合駅舎となった。
追分駅が管理し、栗山観光協会が受託する簡易委託駅。
窓口ではJR線乗車券(栗山発の一部駅までに限る)、北海道中央バス乗車券(一部区間のみ)・定期券・回数券、栗山町営バス定期券・回数券を取り扱う。
改札は実施していない。肉声によりJR線及びバス路線の案内放送が行われている。
のりば
| 番線 |
路線 |
方向 |
行先 |
| 1 |
■室蘭本線 |
上り |
苫小牧・糸井方面 |
| 2 |
下り |
岩見沢方面 |
夕張鉄道
| 栗山駅 |
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| 所属事業者 |
夕張鉄道 |
| 所属路線 |
夕張鉄道線 |
| キロ程 |
23.0 km(野幌起点) |
| 駅構造 |
地上駅 |
| 開業年月日 |
1926年(大正15年)10月14日 |
| 廃止年月日 |
1975年(昭和50年)4月1日 |
夕張鉄道は、北海道炭礦汽船(北炭。以前の北海道炭礦鉄道)が同社の事業用資材や石炭を輸送する目的で1924年(大正13年)に設立された。
1926年(大正15年)に開業した夕張鉄道線では旅客サービスにも力を入れ、1952年(昭和27年)に気動車を導入、さらに翌年には北海道初の液体式気動車を導入した。1961年(昭和36年)には日本国有鉄道(国鉄)の準急夕張に対抗して急行列車を運行した。気動車による札幌駅までの直通運転を計画し、当時の国鉄に気動車の寄付を前提に札幌への乗り入れを要請するも、国鉄に断られた逸話も残されている。
また、錦沢駅に開設した錦沢遊園地は、夕張随一の行楽地として賑わった。
1962年(昭和37年)頃より、石炭産業の衰退により沿線の炭礦で合理化や閉山が進み、貨物輸送が減り始めた。
加えてバス路線の整備やマイカーの普及、閉山による人口の減少に伴い旅客輸送も激減し、1971年(昭和46年)11月には鹿ノ谷 - 夕張本町間の鉄道営業と鹿ノ谷
- 栗山間の旅客営業を廃止した。残された野幌 - 栗山間も1974年(昭和49年)3月末をもって旅客営業を休止し、親会社の北海道炭礦汽船に譲渡した。
夕張鉄道線は1975年(昭和50年)3月末、沿線で最後まで操業していた北炭平和炭鉱の閉山に伴い、全線が廃止された。
路線データ
- 路線距離:53.2km
- 軌間:1067mm
- 駅数:19駅(起終点駅含む)
- 複線区間:なし(全線単線)
- 電化区間:なし(全線非電化)
- 閉塞方式:タブレット閉塞式(野幌 - 鹿ノ谷間ではタイヤー式タブレット閉塞器、鹿ノ谷 - 夕張本町間では大同D型閉塞器がそれぞれ使用された)
- 最小曲線半径:181.05m
- 最急勾配:22.73パーミル
- 軌条:30kgおよび37kg
- 橋梁:22箇所
- 隧道:3箇所
- 機関区及び客貨車区:鹿ノ谷駅構内
- 工場:鹿ノ谷駅構内
- 機関車駐泊所:野幌駅構内
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