JR東日本・川桁駅
川桁(かわげた)
磐越西線 関都 → 川桁 → 猪苗代
所在地 福島県耶麻郡猪苗代町大字川桁字新町
所属事業者 東日本旅客鉄道(JR東日本)
所属路線 ■磐越西線
キロ程 33.4km(郡山起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員 107人/日(2004年)
開業年月日 1899年(明治32年)8月4日
駅種別 無人駅
川桁駅
川桁駅
川桁駅(かわげたえき)は、福島県耶麻郡猪苗代町大字川桁字新町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)磐越西線の駅である。

相対式ホーム 待合室
相対式ホーム 待合室
C57 180が牽引するSLしあわせの風ふくしま号 駅名標
C57 180が牽引するSLしあわせの風ふくしま号 駅名標
E721系0番台 バス停に記念碑もあった
E721系0番台 バス停に記念碑もあった

歴史

  • 1899年(明治32年)8月4日:岩越鉄道の貨物駅として開業。
  • 1900年(明治33年)11月3日:旅客営業を開始。
  • 1906年(明治39年)11月1日:岩越鉄道が国有化。
  • 1913年(大正2年)5月11日:日本硫黄沼尻鉄道(のちの磐梯急行電鉄)開業に伴い、同線の起点駅として開業。
  • 1914年(大正3年)3月26日:電報の取り扱いを開始。
  • 1968年(昭和43年)10月14日:磐梯急行電鉄が休止。
  • 1969年(昭和44年)3月27日:磐梯急行鉄道が廃止。
  • 1978年(昭和53年)9月10日:貨物の取り扱いを廃止。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:急行「いなわしろ」が快速に格下げされ、急行列車の停車がなくなる。
  • 1983年(昭和58年)3月10日:磐越西線のCTC化に伴い、駅無人化。荷物扱い廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、JR東日本の駅となる。
  • 2024年(令和6年)10月1日:えきねっとQチケのサービスを開始。

駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅である。互いのホームは跨線橋で連絡している。
列車は原則として、本線である駅舎側の1番線を使用する。
通過列車は、郡山方のポイントで50 km/hの速度制限を受ける。
1993年時点までは、駅舎反対側の下りホームは島式ホームで、3番線まで存在した2面3線の線路配置であった。
会津若松駅管理の無人駅である。

のりば

番線 路線 方向 行先
1 ■磐越西線  上り 郡山方面
1・2 下り 会津若松・喜多方方面
 
  • 2番線は一部列車のみ使用

磐梯急行電鉄 
川桁駅
磐梯急行電鉄 川桁 → 白津
所属事業者 磐梯急行電鉄
所属路線 磐梯急行電鉄
キロ程 0.0km(川桁起点)
駅構造 地上駅(橋上駅)
開業年月日 1913年(大正2年)5月11日
廃止年月日 1969年(昭和44年)3月27日
磐梯急行電鉄(ばんだいきゅうこうでんてつ)は、かつて福島県耶麻郡猪苗代町の川桁駅と沼尻駅とを結んでいた鉄道路線およびその運営会社。東京証券取引所に上場していた。一般には沼尻鉄道(ぬまじりてつどう)の名前で呼ばれ、耶麻軌道(やまきどう)という名称でも呼ばれていた。
また、猪苗代町が立てた記念碑(川桁駅)や各駅跡の観光案内板では「沼尻軽便鉄道」の表記が用いられている。
元来は沼尻鉱山で採れる硫黄鉱石の輸送を目的として敷設された鉱山軌道である。1908年(明治41年)に耶麻軌道株式会社が設立され、当初は荷馬車や人力トロッコを輸送手段としていた。
その後、日本硫黄耶麻軌道部のもとで、1913年(大正2年)に川桁駅 - 沼尻駅間(11駅)の運行を開始し、翌年には蒸気機関車を導入した。
沼尻鉄道に改称した後、1964年(昭和39年)に日本硫黄観光鉄道、1967年(昭和42年)に磐梯急行電鉄に改称した。
硫黄鉱山の閉山後は観光鉄道として脱皮を図り、旅客輸送で経営を維持しようとした。しかし、1968年(昭和43年)の磐梯急行電鉄倒産に伴い全面運休となり、翌1969年(昭和44年)に全線が廃止された。旅客輸送では磐梯山やスキー場へ行く観光客に利用されることもあり、観光シーズンの夏は学生の旅行者が多く、冬はスキー客とその荷物で車内は混雑した。
また、岡本敦郎が歌う『高原列車は行く』の舞台になった。

路線データ
  • 管轄:磐梯急行電鉄
  • 区間(営業キロ):川桁駅 - 沼尻駅間 15.6 km
  • 軌間:762 mm
  • 駅数:11駅(起終点駅を含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化)
  • 閉塞方式:票券閉塞式

歴史

  • 1907年(明治40年)4月15日 - 日本硫黄を設立
  • 1908年(明治41年)- 耶麻軌道株式会社設立。耶麻軌道(川桁 - 大原)の軌道建設出願。
  • 1910年 - 内務大臣に線路と動力の変更願を提出(人力トロッコから馬車に転換)。
  • 1913年(大正2年)5月11日 - 日本硫黄耶麻軌道部として川桁 - 大原(後の沼尻)間営業開始。当初の動力は馬で同年に蒸気機関車(ドイツ・コッペル社製)2両購入。
  • 1914年(大正3年)1月9日 - 蒸気機関車導入認可。
  • 1917年(大正6年) - 蒸気機関車(ドイツ・コッペル社製)追加購入。
  • 1923年(大正12年) - 下館駅を会津下館駅、樋ノ口駅を会津樋ノ口駅、大原駅を沼尻駅に改称。
  • 1930年(昭和5年) - ガソリンカー「ガソ101」を導入。
  • 1936年(昭和11年)4月- 沼尻駅発横向温泉経由鷲倉温泉行きバス運行開始。
  • 1937年(昭和12年) - 年間乗客数10万6075人となる。
  • 1940年(昭和15年)- 秋元発電所建設資材輸送用側線を敷設。
  • 1945年(昭和20年)1月 - 日本硫黄沼尻鉄道部に改称して地方鉄道法による地方鉄道に変更。
  • 1952年(昭和27年) - 初の女性車掌が誕生。
  • 1953年(昭和28年)- 協三工業製のディーゼル機関車を2両導入。年間乗客数34万5千人となりピークとなる。
  • 1957年(昭和32年)- 株主への配当が無配になる。
  • 1964年(昭和39年)6月10日 - 沼尻観光を合併して日本硫黄観光鉄道に名称変更。
  • 1967年(昭和42年)8月1日 - 磐梯急行電鉄に名称変更。
  • 1968年(昭和43年)
    • 7月 - 会社更生法の適用を申請。
    • 10月14日 - 会社倒産。それに伴い全線休止。
  • 1969年(昭和44年)3月27日 - 全線廃止。