JR北海道 渡島砂原駅
渡島砂原(おしまさわら)
砂原支線   渡島沼尻 → 渡島砂原 → 掛澗
所在地 北海道茅部郡森町砂原4丁目
駅番号 ○N66
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 ■函館本線(砂原支線)
キロ程 25.3km(大沼起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗車人員  46人(2018年)
開業年月日 1927年(昭和2年)12月25日
駅種別 無人駅
渡島砂原駅
渡島砂原駅
駅名標 待合所
駅名標 待合所
ホーム側から見た駅舎 キハ40系気動車
ホーム側から見た駅舎 キハ40系気動車
構内踏切 キハ150形気動車
構内踏切 キハ150形気動車
渡島砂原駅(おしまさわらえき)は、北海道(渡島総合振興局)茅部郡森町砂原4丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)函館本線(通称:砂原支線)の駅である。
駅番号はN66。電報略号はオラ。1966年時点における事務管理コードは▲140155。
前身は渡島海岸鉄道の砂原駅(さわらえき)であり、同鉄道の国有化に伴い現在地に移転し、改称した。

歴史

  • 1927年(昭和2年)12月25日:渡島海岸鉄道東森仮駅 - 砂原駅間開通に伴い砂原駅開業。現在とは別の場所に位置した。
  • 1945年(昭和20年)1月25日:渡島海岸鉄道国有化に伴い国有鉄道函館本線の駅となり、新線上に渡島砂原駅として再開業。一般駅。
  • 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
  • 1961年(昭和36年)1月1日:貨物扱い廃止。
  • 1984年(昭和59年)
    • 2月1日:荷物扱い廃止。
    • 11月1日:無人化。簡易委託駅(駅舎内で発券)となる。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)に継承。
  • 年月日不詳:簡易委託廃止、完全無人化。なお、1990年(平成2年)7月1日時点ではすでに簡易委託駅になっており、1993年(平成5年)3月時点では完全無人化されている。
  • 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施。

駅名の由来

当駅の所在する地名(旧町名茅部郡砂原町)より。成田線の佐原駅と区別するため旧国名の「渡島」を冠する。
地名の由来は、以下の説が考えられている。

  • 以下のいずれかのアイヌ語によるとする説
    • 「サラ(sara)」:現れる
    • 「サラキ(sarki)」:鬼カヤ
    • 「サラ」:ヨシ原
  • 砂地であることからついた和名とする説

駅構造

相対式ホーム2面2線を有する地上駅で、列車交換可能な交換駅となっている。
互いのホームは駅舎側ホーム中央部分と対向側ホーム中央部分を結んだ構内踏切で連絡している。
駅舎側(北側)ホームが上り線、対向側ホームが下り線となっている(番線表示なし)。
上下線共に安全側線を有する。
そのほか1993年(平成5年)3月時点では下り線の森方から外側に分岐し対向側ホーム外側への行き止りの側線を1線有する。
転轍機の形状は上り線からの片開き分岐である。
尚、1983年(昭和58年)4月時点では、対向側ホームの現・下り線は上下共用だった。
木造駅舎を有する。
森駅管理の無人駅となっている。駅舎は構内の北側に位置しホーム中央部分に接している。
有人駅時代の、鹿部駅と同じ形の駅舎が継続使用されている。
建築当初からの原型を良く留めている建物である。
駅の標高は35mである。

のりば

ホーム 路線 方向 行先
駅舎側 ■函館本線
(砂原支線)
上り 函館方面
反対側
下り 森・長万部方面

渡島海岸鉄道 渡島海岸鉄道線  
砂原駅
渡島海岸鉄道線 砂原 → 度杭崎
所属事業者 渡島海岸鉄道
所属路線 渡島海岸鉄道線
キロ程 9.4 km(森起点)
駅構造 地上駅
開業年月日 1927年(昭和2年)12月25日
廃止年月日 1945年(昭和20年)1月25日
備考 国有化に伴い移転
1925年(大正14年)、国鉄函館本線森駅から砂原村への鉄道敷設が出願される。しかし当初は森駅への乗り入れは認められず、東森仮停車場 - 砂原停車場間の8.3 kmのみに許可が下りた。
それから渡島海岸鉄道が設立され1927年(昭和2年)12月25日に開業、蒸気機関車による貨物及び旅客の輸送が開始される。
1928年には森駅への乗り入れが認可され、同年9月に工事が完了、森 - 砂原間9.4 kmの全線が開通した。
昭和初期は内浦湾一帯から渡島半島東岸にかけてイワシが豊漁のために大変賑わい、それに伴って輸送実績も好調であった。
貨客混合の列車が1日4往復し、1936年からは砂原から鹿部町への乗合自動車も運行を始める。しかし第二次世界大戦から軍需輸送の整備が急務となり、急勾配がネックであった軍川駅 - 森駅間を迂回する「砂原線」(函館本線支線)の敷設が計画された。
それと並行する渡島海岸鉄道は、1945年(昭和20年)1月25日に廃線となり、施設等は運輸通信省に買収された。
ただし、丸ごと全てが国鉄線になったわけではなく、渡島海岸鉄道は尾白内 - 掛澗間からは現在の国道278号とおおよそ同じルートを辿っていたのに対し、国鉄砂原線は北海道駒ヶ岳の裾野を少しずつ登るルートをとった。
これは渡島海岸鉄道が森と砂原の集落を結ぶ目的で敷設され、一方の砂原線は上述の通り急勾配の緩和による輸送力増強を目的としていたためである。
そのため掛澗駅と砂原駅は函館本線の掛澗駅・渡島砂原駅とは別の駅である。
また尾白内駅は同一ルート上ではあったものの、函館本線尾白内駅よりも300 mほど西(森駅側)にあった。
渡島海岸鉄道時代の砂原駅は、現在の渡島砂原駅から1kmほど西側の、標高10mの地点で、史跡・南部藩砂原陣屋跡の裏に位置した。旧駅の跡地は2003年(平成15年)時点では道路になっていた。
また、砂原線に転用されなかった線路跡は、2003年(平成15年)時点では国道278号に転用されていた。

路線データ
  • 路線距離(営業キロ):森駅-砂原駅間 9.4km
  • 軌間:1,067 mm(狭軌)
  • 駅数:8駅(戦前) / 10駅(うち停留所5)※起終点駅を含む。
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化)